祈り


さやかさんのブログが更新されました。

右モザンビーク、マラウィをしばらく離れることになりました。



2015年11月 さやかさんが社会貢献者表彰式出席のため帰国した際

「友達がみんなママになっていました。

赤ちゃんは本当にかわいいです。

私もいつかママになりたいなって本気で思います」

と笑顔で言っていたさやかさん。


彼がモザンビークに来てくれると言った時に

私(河田)はとても安心して大賛成したのですが

さやかさんは「命の安全も保障できない場所に

仕事も辞めてまできてもらって、何かあったら彼のご家族に申し訳ない」

と長い間悩み決断できずにいました。


彼の強い意志でモザンビークに来てくれることになったのですが

モザンビーク大統領が大金を使い込んだことが発覚したことで

ヨーロッパからの援助を打ち切られ

財政困難で公務員の給与未払いなどが起きたことで

怒りの矛先は外国人に向かい

せっかく来てくれた彼の就労ビザは受理されず

彼は隣国マラウィ、さやかさんはモザンビークと離れて暮らすようになりました。



治安はますます悪く、外国人への差別は激しくなり

外出はとても危険で隠れるように過ごし

何年もずっと1人で頑張り続けたさやかさんですが

2人で過ごした後の1人になった恐怖と寂しさから

食べ物を受け付けず、夜も寝られなくなりました。


一日も早くモザンビークを出るように何度も言ったのですが

まだやらなくてはいけないことがたくさんあるからと

もう少し、もう少しと 出国の決断ができずにいました。


外国人がほとんどいなくなり現地の人たちからも危険だと忠告され

アシャンテママの運営にとって、さやかさんがいることがマイナスになるかもしれないと考え

ようやくモザンビークを離れる決断をしましたが

外国人は拘束される恐れがありバスでの移動は危険です。

リツアン号の運転を現地の信頼できる方にお願いして

ようやくマラウィに移動することができました。

リツアン号がなければどうなっていたことかと思います。


さやかさんはマラウィでもじっとしていることは出来ず

彼がリサーチしてくれた場所に新しい勉強小屋を作る準備を開始し

マラウィの勉強小屋が始められる頃

モザンビークの治安も少しは安定したことで

リツアン号で2つの国を行き来する生活になりました。

(彼はモザンビークには入国できないため1人です)


極度のストレスから

常に食べられず眠れず起き上がれず移動が困難な日々の中でも

「医療技術師として働くことも諦めきれない

こども達、女性たちを見捨てることはできない」と

役所での手続きに奔走し

子供たちの笑顔に癒されながら過ごしていた中

妊娠していることがわかり、吐き気にも苦しむ日々になりました。


モザンビークでの出産はリスクが高すぎるので

日本に帰国し出産に備えることを希望したのですが

彼の故郷スペインに移動する体力しか残っておらず

今は疲れ切った体を癒している状態です。


ルーシアさんたちに携帯電話を渡してあり

毎日のように報告連絡相談を受け、

アシャンテママの運営を続けています。



さやかさんの体調が良くなり

笑顔の日々を過ごし

元気に出産の日を迎え

赤ちゃんを連れて日本にも帰国できるように

皆様も一緒に祈っていただけると幸いです。



              さやかさんを応援する会 河田


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この記事へのコメント
これまでのさやかさんのご功績に敬意を表します。
さやかさんと旦那様、生まれてくる赤ちゃんの幸せを心からお祈りしています。
今はお腹の赤ちゃんのためだけに、ゆっくり休んで下さい。
Posted by マンマこうた at 2017年09月03日 03:37
マンマこうた 様
「祈り」のお仲間になっていただきありがとうございます。
さやかさんも喜びます
Posted by 河田 at 2017年09月03日 19:45
 
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    コメント(2)